料金監査・リーマンショックのヒアリング。2年目、若手公務員の日々の業務|国家公務員 キャリアガイド

私は2007年の近畿地区の国家公務員一般職試験(当時のⅡ種試験)に合格し、同年10月から出先機関で働くことになりました。

2016年3月に自己都合退職するまでの8年半の公務員生活を記事にまとめました。

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人事異動でメンバー入替

4月1日の人事異動で課長と2人の課長補佐が異動で入替になりました。

3人とも笑いが絶えない感じで雰囲気がグンとよくなりました。

 

私の係の課長補佐は、一度も係の業務を担当したことがなかったようで「お前の方が詳しいから教えてな」とフレンドリーに話してきました。



2年目の事業法監査

2年目の事業法監査は大ベテランの係長が、初心者マークをつけた課長補佐と私を指導するという図式でした。

 

料金監査

1年目の監査でチェックした事業計画の整合性チェックにくわえて、料金監査を任されました。

 

料金監査は指定の料金ほど収受できていないケースが多く、収受率が悪いと警告文書を出し改善策を提出させる必要がありました。

整合性チェック以上に事業者を指導する性質が強く、課長補佐と汗をかきながら監査しました。

 

また監査に行ったら終わりではなく監査報告書を全社作成しました。

 

リーマンショックの影響をヒアリング

係長は事業者からリーマンショックの影響をヒアリングしていました。

専門的な話は理解できませんでしたが事業者がリーマンショックの影響をうけていることが会話の節々から伝わってきました。

 

今まで報道される経済ニュースは遠い異国の世界の話としか思えませんでしたが、身近なこととして感じられるようになりました。

 

また、係長が株と為替の値動きについて毎日話をしてきたので、為替取引に興味を持つようになりました。

FX取引で高い授業料を払うことになりました(笑)

 

国会待機

6月の国会シーズン、終業後、国会待機を要請されることがありました。

国会答弁中に業務に関連する議題となり、議員から質問があった場合、すぐにレスポンスできるようにするためです。

 

係員が待機することはなく、課長補佐・係長が対応していました。

翌日、係長に「何かありましたか」と尋ねると「何もなかったで~」と言われました。

待機中は2人で話をしながら時間をつぶしていたようです。仕事の打ち合わせをしていたということにしておきましょう。

 

月末、超過勤務実勤簿を確認すると、「国会待機」でしっかりと超過勤務がついていました。

 

年次統計

5月のゴールデンウイークが明けのこと。

全事業者から提出される統計調査のデータが1年度分(平成19年4月から平成20年3月まで)出そろうと年次統計資料を作成に着手しました。

 

エクセルで1年分のデータを集計し、合計値や前年比を表とグラフにしていきます。

 

前年と調査項目を同じレイアウトで作るようにしました。

役所の統計資料にオリジナリティは必要ありません!

 

自分が作ったグラフや表がホームページや白書に掲載される

この年次統計資料は、組織の業務要覧・リーフレットを作成する際に用いられ、ホームページにも掲載されました。

また本省、県や市、関係団体にも統計資料や元データを提供しました。

 

統計は地味な仕事でしたが、最終的には「白書」などの刊行物へと姿を変えます。

考えようによっては「歴史を残すことに貢献できた」という気分になれます!

 

また統計を集計するエクセルの数式などを解析して、エクセルのスキルを高めていきました。

 

景況感調査

毎月の統計業務以外に四半期に一度「景況感」調査の集計を行いました。

景況感調査は、全事業者ではなく任意に選定された事業者に調査票を送りFAXで回答をもらいました。

 

リーマンショック以後の景況感は燦燦たる内容で「先行きが著しく心配」と回答する事業者がほとんどでした。

 

予算消化の出張!?

入庁して1年半、2度目の年度末を迎えようとしていました。

課長から「〇〇へ視察に行くから随行してくれ」と言われました。

 

当時は疑問を感じることなく同行しましたが、後で考えると予算消化の出張だったと思います。

出張予算を消化できずに余らすと、翌年予算をつけてもらえなくなるかもしれないので、視察という業務を作ったのだと思います。

 

出張そのものは、最新設備の入った施設を見学できて、いい経験になりました。

新幹線はもちろん「ひかり」で「のぞみ」に乗るなら差額は自腹でした。

 

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